Ac-10.
ところかづら・冬薯蕷葛
真辟葛・マサキカヅラ「ツルマサキ」
漢語 蔓柾木・辟茘
【万葉集記載】
07–1133
以上
1首
(一) |
吉野にて作る。 皇祖神之 皇祖神すめろぎのかみの |
註釈:
皇祖神=天皇家の祖先
神の宮人=神に仕える人々。
冬薯蕷葛=トコロの蔓
和名抄荷「味苦少甘、無毒。焼蒸充レ粮」とあり、古代では主食であった。
常しく=永久に。
概説
頭掲の歌の主題は、冬薯蕷葛である。これは、現在の植物学でヤマノイモ科に分類されているオニドコロ(トコロ)
Dioscorea takoro
Makino
であり、その根茎は、多少苦いけれども食用になる。蔓は長く伸び可撓性であるので、物を包縛に使用できる。冬蔚薯蕷葛は万葉集09-1809”菟原処女の墓を見る歌“にも見える、
歌にあるのはトコロカズラ(トコロズラ)であるが、ここに解説するのはマサキノカズラである。それは、”とこ”を導く導詞として使われているのであるが、常トコとは常緑を意味するものであるから、冬に枯れてしまうトコロズラは適切でないということで、これはマサキノカズラを当てるものだということである。筆者は必ずしもこの説を頷肯するわけでないが、本書は万葉植物を網羅するという趣旨から、この件を無視するわけにゆかない。
ところで、マサキノカズラは真辟葛(真栄葛・真析葛)という植物は確かに存在し、しかも日本の古文に頻繁に登場する。
<古事記> |
…天宇受売命、手ニ次繋天之香具山天之日影一而、為レ縵ニ天之真析一而、手二草結天香具山之小笹葉一而…、 |
<古語捨遺> |
令下天細女命 |
<神代記 |
亦以二香具山之眞坂樹一鬘以レ蘿為二手繦 |
<日本書紀> |
継体七年九月歌謡 |
<日本書紀継体> |
七年九月、勾大皇子 |
<仁徳紀> |
三十年十一月 |
<古語捨遺 |
天細女命 |
<外宮儀式帳> |
真佐支之鬘 |
<造酒式 |
真析葛、日張山孫組各三組 |
「まさきのかずら」は日本では神代の昔から見える。辞書で「まさきかずら」を古文的に繰ってみると、真析葛は定家葛・日蔭葛とも言っていたらしい。
<ベネツセ古語辞典> |
真析の葛・柾木の葛 つる草の一種。ていかかずらの古名とも、鶴間崎の古名とも、古代は神事に用いた。 |
<日本古語全集> |
まさきのかずら |
<大言海> |
真析葛「真幸の義 日蔭葛と同じきと、枎芳藤(本草拾遺) |
植物学者はこの古文のマサキノカズラについて探索して、概ね次の三系統の主張が為された。
i.
ツルマサキ(ニシキギ科) 貝原益軒<大和本草>、小野嵐山<重訂本草綱目啓蒙>、
ii. テイカカズラ(キョウチクトウ科)
賀茂馬渕<冠辞考>、平田喜信<和歌植物表現辞典>、白井光太郎<樹木和名考>、牧野富太郎<>
iii. サンカクズル(ブドウ科)
細木末雄(古典の植物を探る)
その他、ヒカゲノカズラ・ソケイなど挙げるあり。ところで、トコロカズラがマサキノカヅラで有るという理由を推量するに、冒頭の古事記07-1133歌で、”いや常しく”と、即ち常緑であるべきに拘わらず、トコロズラは冬に葉が枯れ落ちる矛盾を突いたものである。そして”皇祖神スメロギ”に関するかづらとして古事記にもあるマサキノカズラが登場した。
ところが、マサキノカズラの茎蔓はが剛直で髪を結ぶに適切でない、よってテイカカズラ論が現出したと考えられる。皇祖神は天皇家の祖先であり、常に栄えるものであり、落葉するとはとんでもない不敬事であると、この論議が為されたのは貝原益軒(1630~1714)・賀茂馬渕(1697~1769)など丁度、国文学が奨励され幕府の改革が起きた頃である。次の時代は白井光太郎・牧野富太郎・松村壬三博士といった蒼蒼たる日本の植物学者が学理的に研究発表した大正~昭和初期で、やはり勤皇思想が背景に忍んでいた。
<書言字考節用集> |
辟茘マサキノカズラ 本名木蓮、本草四時不凋、厚葉堅強大ニ干絡石一、不花而実者、 |
註:
薜茘は素馨ソケイに当てられた名前である。ソケイJasmium
officinale f. grandiflom はインド原産で、この花からジャスミン油を採る。
<倭訓栞 |
まさきのかづら 古語拾遺に真薜葛と書り、古事記に天之真析と見湯、されど真栄の義なるべし、常葉に栄ゆる葛なり、神事に専ら用いるは、真幸の義とも取るなり、延喜式に真前葛と見え、日本紀の歌にまさきづらと読み、万葉集に冬薯蕷葛ヒサキツラまた冬薯蕷都良マサキツラとも書けり、いや常トコ式にとも、尋ツキて行ければしもつづれるは常盤に長くはひ続くをいふなり、辟茘也といへれど辟茘はいたび也。杜中トチュウ・マサキの葉に似て小に蔓延するもの一種ありて、蔓甚だ長く、皮中に木綿あり、仙覚はサネカズラと訓じたれど、古今六帖にマサキカツラとて、万葉集の歌入れたり。 |
<冠辞考 |
まさきかずら まさきかずらの事は、万葉にいや常しきと読み、冬薯蕷葛とも書き吊れば、常に栄ゆる葛なるしるし。さてその常葉なる故に真栄葛柄と云を略してまさきかずらといふ也。…古今集に |
<大和本草> |
正木のかづら 其の葉花実ともにマユミに同じ、只其のカツラ甚だ長し。皮の中に糸ありマユミの如し、漢名知れず、是杜中トチュウの別種なるべし。 |
<大和本草批正> |
柾木のかずら、ツルマサキとも言い、まさきと同じく蔓生す。経年のものは蔓ふとさ三寸許、冬月かれず、花実ともにマサキに同じ、扶芳藤なり。 |
<重修本草綱目啓蒙> |
扶芳藤 |
植物
ニシキギ科 Celastraceae
世界に約45属[500種]、
クロヅル属 |
クロズル |
|
ツルウメモドキ属 |
イワウメズル |
|
モクレイシ属 |
モクレイシ |
|
ハリツルマサキ属 |
ハリツルマサキ |
|
ニシキギ属 |
||
ニシキギ節Sect. |
ニシキギ、リュキュウマユミ、ヤンバルマユミ |
|
コクテンギ節 |
コクテンギ |
|
マサキ節 Sect. |
マサキ、ヒメマサキ、ウルマサキ、 |
|
マユミ節 |
マユミ、ビゼンマユミ、ムラサキマユミ、アンドンマユミ、サワダツ、ツルマサキ |
|
ツリバナ節 |
ツリバナ、アオツリバナ、コロツリバナ、ヒロツリバナ、オオツリバナ |
ニシキギ属 Euonymus
北米・中米・欧州・アジアの温帯~暖帯に生ずるg高木~低木or蔓性で、ほぼ150種。花は4or5基、花盤が発達し雄蕊はその淵に着く。子房は蜜盤とくっつき4〜5室、蒴果となる、各室に1~2個の種子があり、種が美しく色づくのが特徴であるが、それは正確には仮種皮である。
ツルマサキ Euonymus
Fortunei Hand.-Mazz… (
E. aponicus Thunb. var. radicans Miq., E. repens Carr, E.
radicans Sieb,ex Miq., Elaeodron Fortunei Turcz, var, radicans
Rehd.,)
サキノカズラ、クソマユミ、ハイマユミ、マユミカズラ、カムイブンガラ、ツルマサキ、ツタウルシ、アオツタ、ツタマサキ、マサキヅラ、*ツルサチョルナム)
扶芳藤、莫辟葛、真辟、正木葛、杜中、薜茘、杜賛、巴山虎、鬼饅頭、木饅頭、
北海道・本州・四国・九州・朝鮮の山地に産し、時に相当の太さのものもある。常緑伏生蔓性、径0.2〜0,25m,枝は緑色で丸く、細瘤点があり、茎より細根を発し、纏絡いて上昇する。全株無毛、葉は対生、楕円形、やや厚質、下面帯白緑色、鈍鋸歯、長さ1~4cm巾2〜3cm,で秋はやや紅葉する。花は六七月、萼弁とも4枚、雄蕊は4、花盤を抱く。果実は4個、田字型に並びつく。径5〜6mm秋季熟すると果皮の背が割れ、黄赤色の仮種皮を蒙った種子が出る。古文で「マサキノカズラは色付けにけり」と言っているのは、紅葉でなくこの種皮の色をさしたものである.マサキとツルマサキは蔓性であることをを除いてよく似ているが、仮種皮はマサキの方は赤紅色である。
補注
1.
幹から細根を出して、岩・樹に絡み、攀じ登る。
2.
水平に出た枝の葉は際立ってに大きい。
3.
園芸種があって、葉が斑入りや覆綸種がある。
変化種
ヒロハツルマサキ f.
Carrierei Rehd,
チダシツルマサキ f.
rugosus Hara
ツルノキンマサキ
f.
auro-variegatus Makino
古典
<新古今和歌集>6-574 |
神無月 |
読人不祥 |
5-538 |
松にはふ |
西行 |
<和泉式部集> |
神山の |
|
<山家集 |
松にはふ |
|
<夫木和歌抄 |
薜(まさきのかずら)の題を立て |
|
葛木や |
西行上人 |
|
外山まで |
後鳥羽院宮内郷 |
|
ゆうされば |
源 |
|
外山の日も |
順徳院 |
|
33-15> |
恋衣も色に出でじ |
藤原道家 |
<後選和歌集 |
家に行平朝臣まうできたりけるに、月のおもしかりける夜 酒などたうべて、まかりたたらんと |
|
てる月を 正木のつなによいかけて |
河原左大臣 |
|
かえし 限りなき 思いのつななくばこそ 正木のかつら |
行平朝臣 |
|
<続後選和歌集> |
外山なる正木のかづら |
和泉式部 |
<現存六帖> |
山深き |
成美 |
<風雅集> |
眺めやる |
慶政上人 |
<十六夜日記> |
十九日 |
用途
神事の献花用
庭園樹・観賞用