Ad-09.
しば
志婆 (柴)
(芝)
シバ
漢名:
結縷ケツル草
[万葉集記事]
(イ) |
05-0886 |
11-2770 |
の2首 |
||||||
(ロ) |
06-1048 |
11-2777 |
はAd-08 |
||||||
(ハ) |
04-0513 |
04-0529 |
07-1274 |
08-1643 |
11-2770 |
12-3048 |
14-3355 |
14-3488 |
20-4350 |
(一) |
宇知比佐受… |
|
うち日さず… |
注釈
0885
に筑前国守山上億良が「敬和下為ニ熊凝一述ニ其志一謌上六首」とし
て0886
~
0891
に大伴君熊凝が身故した時の歌を集禄したもの、実は僧仙覚が整理したものらしい。
うち日さず=枕詞
隈廻り=まがった隅
床じもの=床のように
(ニ) |
寄レ物レ思 |
|
道辺乃 |
|
道の辺の |
注釈
いつしば原=イツは繁茂しているとの意、ここではいつもいつもを導く序に使われる。
11-2776
道の辺の
草を冬野に履み枯らし われ立ちまつと妹に告げこそ
[概説]
集では、シバに志婆また柴の字を使い、芝の字は見当たらない。現代では芝は草丈の低い草本、柴は潅木、と別々に専用されているが,集では両方とも柴であって格別の区分けは無い。利用面からみると、芝は此の上に寝てクッションとするものであるし、柴は燃料である。而して、吾人が今日
芝
と称するのはスポーツ場や庭園に植栽されて刈り込んだイネ科シバ属zoysiaのことである。このシバは当然日本にあったと思われ、そして古来、山野路傍に生える雑草のことをなべて志婆と言ったようである。然し、日本には古代に放牧のための牧場は無かったし、人間の遊びのために作られた広大なゴルフ場は近代に造園されたものであるから、吾人が見ているシバなるものは万葉時代と異なる生態を採っていたかも知れない。
万葉集のシバに関して、柴と芝が混有するのであり、これを仕別するには掲上歌を熟読してその歌意から判定するより仕方がない。冒記の(ハ)の九首は柴であるから除外し、原漢文で道芝ミチシバと読める(ロ)06-1048,
11-2777は芝であるとして、Ad-8に纏めたところである。巻11の寄レ物陳レは柿本人麻呂の歌集と推量されるのであるが、11-2748~11-2777の三拾首に
刈るべき草は「葦・蘆・浅茅・有間菅・穂蓼・山沢恵具、岩本菅、白菅・小菅・薦・畳薦・夏草・五柴・」を拾うことが出来、而して是等はすべて敷物にする目的である。依って(イ)
05-0886、 11-2770
の2首は芝と推定してよい。
芝は、ゴルフ場を初め、サッカー場、テニスグランドなどに植栽されるほか、公園・遊技場のグランドカバーグラスに多用されている。個人の家庭でも少し裕福なれば安息のための芝庭を求めるようになる。このシバが定着すると、主人は芝刈りに忙しくなる。はじめは運動のためと嘯いているが、案外雑草とりなど手間が掛かるのであり、安息どころでなくなる。普通芝(grass
;lawn ;turf)と称する植物はイネ科のシバ属ZoysiaのシバZ.
japonicas Steud.ならびにコウライシバZ.
matrella Merill var.tenuifolia、コウシュンシバ(ハリシバ)Z.matrella
Merr.であるが、ほかには野生種のオニシバZ.
macrostachya Franch et
Sawatがある。日本産の芝は冬季に地上部が枯れてしまうので、西洋芝(ベントグラス)を混植したりする。ベントは正確にはシバ属でなく、元来外国で牧草として育成されていたBentgrass
astria.,
B.highland.,またBermudagrassである。ゴルフ場の冬季のグリーンは11月~4月ベントであり、夏季はコーライに交代するが、ベントはボールが走り、コーライは目がきつくて曲がりそれなりにプレイに苦労する。最近は交配されたゴルフ場専用の種があるらしい。広大な敷地でシバを張ると、病虫害の発生に対し撒布する薬剤も馬鹿にならず、これが雨水で付近の河川に流れ込み薬害を及ぼすと聞く。
シバと名前が付く植物はオヒシバEleusine、メヒシバDigitaria、トダシバArundinella、ハイシバLepturus、ウキシバPsudoraphis、オヒゲシバChloris、ギョウギシバCynodon、チカラシバPennisetumなど数多くあリ、それらは小型のイネ科植物である。本書では、これら全部を詳解する訳にゆかず、道柴をチカラシバと纏め、志婆をシバを以て代表させたが、これは必ずしも適確でない事は十分承知している。
さて、シバの語源は、(i)繁った葉シゲハ名言通]
(ii)重葉シバの義[言元梯]
(iii) 小葉サバの言転[和語私臆抄]
(iv)その上に座る敷葉シキハ[日本釈名]などいろいろ云われているが、適格な指摘ではない。因みに〈芝〉なる字は、中国で天帝の宮庭に生える瑞草に当てたので、これは霊芝{万年茸と称するキノコの一種で、漢方では不老不死と称し、高価。}のことである。
[植物]
① シバ:
Zoysia japonica Steud.; Z. pungens Willd. var. japonica Hack.;
Z.koreana Mez.
日本全土の丘陵草原に自生、また芝生として栽培される多年草で冬季は地上部は枯れる。地下に長い根茎があり、その一部は木質化しており、節部から地表に稈が出る。稈は高さ5~10cm,葉身は長さ3~10cm巾2~6mmで、葉舌はなく、葉鞘端に長毛がある。花期は5~6月、総状花序は長さ3~5mm、巾2.5~3mm、小穂はゆがんだ卵形で長さ3mm,巾1.2~1.5mm程度、1小花よりなって光沢に富む。頴は第二苞頴と護頴のみ残り他は退化消失している。
補説
コウシュンシバ:
葉は細く縦に織り込まれ、花序は巾3mm以下で帯白緑色
ギョウギシバ:
葉が細くて長い、花補は傘状で数本でる。
シバ類は、茎の節間が短・中・長の3節が1組になってこれを繰り返し伸長する。各節毎の半対側に出葉するが、その基にオーキシン(植物ホルモン)を出すのでその部分で茎は曲がる。第1節
(短)
の基部の節から分岐の新芽及び根が生える。若し芝刈り機で切断した時は第2節からも新芽が出る。
コウシュンシバ
Z.matrella:
九州・琉球の暖地の海岸に生え、ときには栽培される。
② コウライシバ:
Zoysia tennifolia Willd.ex.Trin.; Z.matrella Merill. Var. tenniholia
日本全土(南方性)に自生する。葉は内折して糸状に細くなる。地下茎は地上に出て這う。繊細で美しいので、庭園に植栽される。
③ オニシバ(ノシバ):
Zoysia macrostachya Franch.et Savat
シバより大型で粗剛な感じがする。花は6~8月出穂、花補は長さ3~4cm,巾6~8mm、小穂は長楕円形で長さ6~8mm巾2mm程度。
ナガミノオニシバ:
Z. sinica Hance var. nipponica Ohwi
古文
<源氏物語 |
なごり猶寄せ帰る浪荒き柴の戸おし開けてながめおはす |
<お伽草紙> |
敦盛 |
<山家集 |
みやこちかき小野大原を思い出るしばのけぶりのあわせなる哉 |
<後鳥羽院集> |
おりくふる柴の煙のたえだえに麓の岡にむしぼれてゆく |
<徒然草66> |
武勝が申し侍りし柴の枝、梅の枝、つぼみたると散りたると |
175> |
旅の仮屋野山などとは御肴なにかななど云いて芝の上にて飲みたるもおかし |
<前田本枕> |
草はしばいとおかし |
<平家物語 |
橋合戦 |
用途
庭園・公園・スポーツ場のカバープランツ。
|
(志婆)
シバ;
柴フシ・布斯 粗朶
漢名:
萊
[万葉集記事]
柴 |
04-0513 |
04-0529 |
07-1274 |
08-1643 |
11-2770 |
12-3048 |
14-3355 |
14-3488 |
20-4350 |
(一) |
志貴皇子御歌 |
|
大原之 |
|
大原の |
注釈
大原=奈良県高市郡明日香村小原らしい。
市柴=茂った灌木
何時しか=いつであろうか
(ニ) |
また大伴坂上郎女の歌 |
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佐保河乃 |
|
佐保河の |
注釈
涯のつかさ=涯をキシと読む例:名義抄、ツカサは小高い所
小歴木=小さいクヌギ=柴
ソネ=軽く嗜める詞。
がね=~になるだろう
(三) |
若櫻部朝臣君足雪謌一首 |
|
天霧之 |
|
天霧らし |
注釈
天霧らし=天を曇らせて
いちしろく=はっきりと
いつ柴=茂った小木
ふらまく=降らるのク語法
(四) |
寄レ物陳レ思 |
|
御獦為 |
|
御猟みかりする雁羽かりはの小野の橡なら柴の馴れは益まさらず |
注釈
雁羽の小野=地名?不明
橡柴の=クヌギなれども、ここでは「馴れ」に類韻するナラにかかる。
益する=~より優れる。
(五) |
相聞 |
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於布之毛等 |
|
生おふ楉しもとこの本山もとやまの真柴にも |
注釈
楉=若い木
真柴=柴の美称
象=占で、鹿の骨を焼いて現れた像形のこと、
集で詠む「しば」には芝と柴がある。芝は草の雑草とすれば、柴は是に対する木の雑木ともいうべきか。
古語で、柴のことを
フシ・ソダとも(布斯・府璽・粗朶・伏柴)、漢語で萊草・柴薪・榾柮・檮杌・薪樵etcと書いている。柴は「昔々、お爺さんが山へ柴刈りに~」と庶民は親しみを以って接していた。主に燃料に、幾らかは柴垣に用途があったが、現代は家庭燃料の体質を変えているので、全く山へ柴をとりに行く事は無くなった。柴刈りは手鉈や鎌で切り取れる程度の雑木を伐採するのであり、却ってその程度の間伐は里山を健全に育成する為に都合がよいのである。芝と柴の区別は自明のことであり、例えば<大言海>に次ぎのように解説している。
萊草:
繁草の意か萊藜也
荒地に生える藜アカザ・莠ハグサの類の雑草なり.志婆草・志波
芝:
繁葉草の意か
芝の名は瑞草の名に当たらず。細小なる蔓草の名、蔓の地に付く処、皆細根を生じ延いて織るが如し、糸薄の秧芽ワカバエに似て、枝椏無し、根細く相延結す、秋細き茎を出し穂をなす。tちゃひきぐさの穂の如くにて細し、庭地築山をなして布植えて美、結婁草、その一種更に美なるは高麗芝また糸しばなり、粗大なるは鬼芝なり、
柴:
繁の略と云う、関東ソダ、加賀ホエ、丹波オドロ、朝鮮語シャブ
説文 小木散材 礼紀 月令篇収―秧薪柴ニ
注大而可レ折者、謂ニ之薪―小而来者謂ニ之柴―、 山野の雑木又其枝などを伐りて垣に結ぶ物
里山での柴刈りは、農民の厳しい生活の内でも心晴れるものであったに違いない。何となれば、収穫の一応終わった頃、灌木の紅葉が落葉し、気候もよく見晴らしの良い里山での作業である。雑木とは具体的に云えない位、多種に亙るのであるが、この作業から考えて選抜すれば、①灌木で、シュートのような真っ直ぐなもの。②落葉樹の方が良く、落葉が終わった後。(ただしスギ・マツの枯木は燃料によい)、③かぶれなく、刺がないもの。蔓物は好まれない。
雑草につぃては書物も出版されている位普遍しているが、雑木なるものは定義さえ決まっていないのであるけれども、雑草同様、観察するに十分値するものである。例示すれば、歴木をシバと読ませる場合のある如く、ブナ科のクヌギの類はシバの代表であろうし、その他雑木をピックアップしてみると、
スイカズラ科 |
ガマズミ |
Viburnum |
クマツヅラ科 |
ヤブムラサキ |
Callicorpa |
ハイノキ科 |
サワフタギ |
Symplocas |
ツツジ科 |
シャシャンボ |
Vaccinium |
クスノキ科 |
アブラチャン |
Lindora |
キブシ科 |
キブシ |
Strachyurna |
バラ科 |
サンザシ |
Crataegus |
カエデ科 |
チドリノキ |
Acer |
クワ科 |
ヤマグワ |
Morus |
ミズキ科 |
ハナイカダ |
Helmingra |
<書記> |
巫覥等、枝葉シバを折り取りて、木綿を懸掛けて |
|
<源氏・須磨> |
海士の塩焼くならむと思し召しわたるは、おはします後の山に柴といふものふすぶるなり。 |
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明石> |
なごり猶寄せ帰る浪荒き、柴の戸おしあけてながめおはします |
|
若紫> |
同じしばの庵なれど、少し涼しき水の流れも、 |
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<方丈記> |
東に三尺余の庇をさして、しば折くぶるよすがとす。 |
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<山家集 |
みやこちかき小野大原を思出るしはの煙のあわれなるかな |
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<源平盛衰記> |
里遠く、人も通わぬ柴の戸にあやしや誰かこととわん |
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<平家物語 |
いにしへも夢になりにし事なれば柴のあみ戸もひさしからじ |
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<増鏡> |
柴のいおりのただしばしと、かりそめに見えたる御やどなれど |
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<お伽草子> |
都あたりに柴の庵を結び |
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<栄花物語> |
年頃送りし芦の宿、柴の扉もげに住吉に造りて |
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<金比羅本平治> |
常葉落ちらる事落ちる涙も降る雪も左右の袂に処せく、柴の網戸に顔をあて、 |
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<新古今和歌集6-688> |
狩りらし交野の真柴 |
藤原公衡 |
10-974> |
また越えむ |
権僧正雅縁 |
<夫木和歌集> |
うだの野や枯葉かくれ |
藤原行家 |
<拾遺愚草> |
滝の音 |
藤原定家 |
<壬二集> |
柴の戸も |
藤原家隆 |