Ab-01. にれ

Ab-01 にれ 尓礼・爾礼

ニレ 楡

ハルニレ

アキニレ

ノニレ(オヒョウ)

漢語: 白楡・椰楡ロウユ・枌フン・椰楡ロウジュ・枢シュ

【万葉集記事】 

16-3886 1

()16-3886 長歌 由緒或る雑歌 乞食者が詠う歌二首の2、蟹のために痛みを述べて作れるなり

忍照ハ・・・此片山乃 毛武尓礼乎 五百枝波岐垂 天光夜 日乃意尓干

押し照るや・・・難破の小江に 盧作り 陰りてをる 葦蟹を 夫君召すと 何せむに 吾を召すらめや 明けく わが知ることを 歌人と・・・・あしひきの 此の片山の もむ楡を 五百枝剥ぎ垂れ 天光るや 日の異に干し さびづるや 柄碓に搗き 庭に立つ 磑子に舂き 押照るや 難波の小江の 初垂鹽を 辛く垂れ来て 陶人の 作れる瓶を今日往きて 明日取り持ち来 わが目らに 塩塗り給ひ もち賞すも。・・・・

注釈 この長歌は乞食者ホカヒビトが歌っていたのを編集したものである。乞食者とはいまの大道芸人のように、面白く歌いながら自作の品物を売り捌いている大道商人のことである。16-3885では鹿の肉を、本篇では自家製の蟹の塩辛のようなものを売っている、塩からは、新鮮な蟹を潰して塩を加え甕に入れて発酵させる、このときモムニレをいまの香辛料のように入れたらしい。

押照るや=難波に懸かる枕詞。 天照るや=日に懸かる枕詞。 日の異に=日を重ねて。 五百枝=色んな枝。 剥ぎ垂れ=皮を剥いで垂れ下げる。、

[概説]

此の歌は16-3885と一対に、当時の食文化の一端を窺うことが出来て興味が持たれる。「難波江で採った草蟹をニレの皮の粉と一緒に搗き砕き、塩辛く塩を垂らして瓶に入れて製した」とあるから、これはおそらく今も佐賀の名物である蟹漬ガンズケのような塩辛であろう。ここで使われている毛武尓礼が問題である。ニレの外皮を剥ぐと白い内皮が出て、このとき、粘って濡れたように見えることから、ヌレ→ニレと名着いたと。楡の内皮は嘗めるとトウガラシのような辛い味がして、矯味料として料理に用いられる。古代の味付けは塩()と梅()が主体であったが、タデやカラシがあるように、ニレもその辛味の一つである。香辛料として塩辛の蟹の生臭さを消すために加えられたのであろうが、この塩辛のような発酵製品は、時珍がいう[蕪夷ブイ ]が薬学書に載せており、また、陶弘景、蘇頌の記書にもみられる。これは楡の葉や花を土と混ぜよく搗いて糊状にし、瓶にいれて発酵させた後、乾燥したもので、消化・駆虫などの目的で、漢方薬「蕪夷丸」に処方されている。また、<延喜式>ニロキと称するものが献上されたことが記録されていて、葅とは、楡の樹皮を搗き粉末とし是に塩を加えて漬床とし、これに色んな食品を漬けたものである。

(延喜式内膳司> 春菜漬料 竜葵 味葅六斗 料塩四斗八合 楡三升; 菘葅 三石料塩二斗四升 楡一斗五升; 蔓菁 切葅一石四斗 料塩二升四合 楡二升; 蓼葅 四斗 料塩 四升 楡一升六合 ほか

ニレには、ハルニレ・アキニレ・ノニレがあり、これを日本古典でも数々の漢名を以ってその存在を仕分けしている。本草綱目に、“楡に赤白二種あり、白きは枌という“とあり赤楡はまず莢をつけ後に葉を生じ、白楡はまず葉を生じ後に莢をつける」と説明しているから、白楡はハルニレのことと思われる。

(播磨風土記>

栗鹿川 生

<常磐風土記>

行方 土痩せて 櫟・柞・楡・竹、生り、二所あり


(正倉院文書 字経司解(739)>

824日 寧楽遺文 爾礼廿七杷


<康本本草 上38>

楡皮ニレ 爾禮

<新撰字鏡>

楡 是珠庚珠二反、白粉也爾礼

<本草和名 12>

楡皮、一名零楡、一名還楡、出七巻食経一 和名也爾礼

<本草和名 12

無夷、一名無姑、一名殿塘 楊玄操音上殿下服、仁婿音義作殺庄牆、上音殺下音牆、俗作殿堂、音非一名 敬芦蘆 出蘇敬注、一名敬満 一名茎牆蕪 出艫要誚 一名白菁 巨媿反、出爾雅注、倭名比岐佐久良、一名也爾礼乃実

<和名類聚抄 20 >

楡 爾雅注云、楡之皮白名枌 上音槽更、下音汾、和名夜仁礼

<箋注和名類聚抄 10 >

釈木、楡白枌、郭註、枌楡先生、葉却著 莢皮色白、非此所 引赥鍯行曰、楡有赤白二種、赤楡先着 莢後生 葉白楡先生 葉後着 莢以為 翼白剥其麁鞁、中更滑白,案毛詩正義引孫炎云、楡白者名 枌 此所 引即是、広本汾作 汾与広韻合、属敷母、清濁不同、作 汾似 是下総本作 分与 紛同音

<和漢三才図会 83 喬木>

楡、零楡、枌、和名夜仁礼、莢楡、白楡、刺楡、椰楡、中略 楡木葉皺有刻歯、而小不潤,多蝕三四月開花、細小淡赤生莢長不過五六分、中有細子、其材堅重同一干橿木

<伊呂波字類抄 建物付植物具>

キニレ 楡皮 零楡 還楡

<書言字考節用集 6 生植>

ニレニキ 枌

<本草綱目啓蒙>

楡ヤニレ 略ニレ越前 ネレ木曾 一名椐楡 大倉州志 霊 鞾鞋樹 鑽天楡 義祖 撹牛樹 春ニレ秋ニレの二種あり。春ニレは春先花咲き、実を生じて後新葉を出す。実は丸く薄く大きさ三分許り、内に小扁子あり、是を楡莢とも、楡銭ともいう、葉は櫻葉に似て短く互生す。この木寒地に生ず、南国には産せず、木の粗皮をさり、白皮を採り薬用とす。楡白皮とも云、また食用にも入れ、本邦にて上古は用いし事延喜式に見えたり、唐山にてはこの木に生する菌を食用に上品す。これを楡肉また楡茸といふ。 

<天治字鏡 7-9>

楡 白粉なり 爾礼

ニレはニレ科Ulmaceae-ニレ属Ulmusnの落葉ないし半落葉樹であって、本邦に3種あり、春の花咲くハルニレは本州~北海道の比較的寒い地方に偏生するに反し、アキニレは秋に花が咲き中部以西の本州・四国・九州に存在する。オヒョウ(ノニレ)は中華国北部の原産でバイカル・アム-ル・東蒙古の広い地域に存在しており、日本では定かでないが、北海道に自生があったと伝えられている。実(幣楡という)は、ハルニレは晩春に、アキニレは秋ごろに熟する、頭題の歌は難波で作られたものであるから、アキニレの公算が大であるが、一般にニレといえば現代ではハルニレを指す。この樹木は土地神を祭る場所に標木として植える習慣があったようで、故事によれば、漢の高祖が帝位についた時、郷里に生えていた楡を移植させ、望郷の念を癒したと伝えられる。このことより“枌楡”とは故郷を意味する。そして枌フンという字は日本ではソギのことであるが、中華国ではニレの古名で、この材は檟(キササゲ)と共に細工桃を作るに適し、“枌檟”は棺桶を作る材とされた。これから“枌楡”を植えることは故郷に隠遁することを意味し二度と出仕しないことである。楡はまた、戦いのときの遮蔽物として辺境の城塞によく植えられたので“関楡・楡塞”の熟語となった。中華国ではニレは蔭を求めるためにニレを植え、その陰を楡陰と漢詩に出てくる。この若葉,若莢は食用・餌料に、満鮮地方では、初夏にこの葉を摘み、ゆがいて水に晒し、臼でつき、雑穀粉を入れ練り固めて蒸し、楡葉餅を製する。皮の粉末を楡勔(楡粉)と称し、これを練って石瓦を接合するに応用する。中華国では、楡を食するとよく眠れると信じているようで、修真録に「昔女僊あり、喜びて衆草を食す。日夜恒は臥せず。一日一樹の葉を食す。酣臥して醒めるを欲せず。殊に愉快也、因りてその樹に名つけて愉と曰う。後人改めて以って木に従う、即ち今日の楡樹なり。」とあり、博物志にも「楡を啖へば即ち眠覚むるを慾せず」とある。

ニレの類の果実は、種の周囲を囲んで翼を張った形(翼果)になっていることを貨幣に見立てて、中国では楡銭という。漢の時代にそれまで使われていた秦貨を廃止し、楡莢銭が鋳造されている。

<紀伊風土記 物産 9>

楡 本草和名、也爾礼、医心方以倍仁礼、康頼本草爾礼、貞亨本延喜典薬式紀伊条にワニレと訓す。式に加也、仮字毎に混談、然於其義則有改者、此加字又猶家鶏之加、といへり、楡に二種あり、春楡は漢名白楡といふ。東北の国に多く、南国に産せず。秋楡は漢名樃楡といふ。本国各郡山野に甚だ多し、典薬式に紀伊国楡皮九斤とあるは此椰楡皮なるべし

<重修本草綱目啓蒙 24 喬木>

アキニレ、イタチハゼコ、イヌケヤキ、ネレノキ、カワラケヤキ、一名神郎楡、梜 野楡水辺に多くなまず。大木なり、葉の形態にして尖り、辺に鋸歯あり互生す。葉に沙ある者は刺楡といふ、沙なきものを野楡といふ、増、一種蝦夷の産にアツというものあり、誤まりてアツシとも呼ぶ、春月新葉生ず、形榛ハシバミの葉に似て長さ三四寸、本は狭くして一寸ばかり、末は広く二寸余、葉頭に岐ありて矢竹の如く互生す。この大木を蝦夷人この皮を剥きて紡績して布とす、これをアツシと呼ぶ。夷人の常服なり、また蝦夷にてはこの木を以って小さき盤を作り、中を凹みして同木の榛を以って磨て火を取る。その盤をショッポと云、棒をカツチと云う。すでに燧火の条に弁ず、又一種花戸にて鉄刀木と呼ぶものあり、春新葉をなまず、加条の葉に似て、鋸歯粗く、皺文ありて互生す、是に一種枝幹共に巨羽を生ずる者あり、とも楡の類なり。

<重修本草綱目啓蒙>

楡 春ニレ秋ニレの二種あり、ハルニレは春先実を生じて後に新葉を生ず。実は円くして薄く、大さ三分許、内に小扁子あり、是を楡莢とも楡銭ともいふ。葉は櫻葉に似て短く、互生す。この木寒地に生ず南国に産せず、木の粗皮を去り白皮を採り薬用とす。楡白皮と云、食料にも入る。本邦にて上古は用ゐしこと延喜式に見えたり、唐山にてこの木に生ずる茸を食料に上品す。之を楡肉と云、亦楡耳と云。

<東蝦夷物産志>

ツキサニ、ムカワの夷人はニイカップと云。亦楡の一種にしてその葉尖、大さ棒の如し、皮亦布となし又縄索となすべし。然れども頗るアツに劣る。布となして其色微赤にして且つアツの柔にして強きにしかず。松前の人これをタモギ、アカモダと云。ツキサニ、アツともに喬木にして又大なるものは其の周数抱に至る、夷人以て舟となす。

ところで、蕪荑ブイulmi pastaについて、これに用いるのはヒキサクラ、ニガニレという原樹があるとの説明があって、葉に臭気あり樹に巨羽あると云い、薬用に供するものであるとの事。漢方薬の蕪荑は、

<神農本草経 中品> 三内の邪気を主治し皮膚骨節に淫淫として温行する毒を散じ、三虫を去り食と化す。

<名医別録> 寸白を逐い、腸中の虫昷々たる喘息を散ず 晉山の川谷に生ず。三月に実を採って陰乾する、

と。その他若干の経書はあるが、李時珍の説明を借用すると、蕪荑には大小があって、小なるものは楡莢、仁を揉み取って醢にして醤を作る。味は最もとも辛い。薬には蕪荑を用いる。<神農本草経>に記載された作り方は、チヨウセンニレUlmus macrocarpa Hanch の翼果をとり、これに花や葉を混ぜて搗き、糊状にして、ときには小量の泥土を加えて数日置き、発酵したものを方形に固め、乾燥するとある、味は辛く、甚だ臭気が強い。

<重修本草綱目啓蒙 24 喬木>

蕪荑ブイ仁 蓙荑 無垢 殿塘 和名比木佐倉 

蕪荑は舶来多し、偽物なし、古は和産もあれども今はなし、楡の類にて葉に臭気多と云ひ伝う、釈名に爾雅の巫荑を引きて一物とす、蕪荑と音近き故なり、然れども巫荑は釈草にありて木に非ず、正字通にも其の誤を弁ぜり、蕪荑の和産詳ならず、唐刑川石編に蕪荑枝葉有芒刺箭羽といへり、野洲信州には枝に巨羽楡樹あり、然れども未だその実見ず、増、蕪荑の下に別録中品とあるは誤りなり、既に本経に見へたり、往年京師油故路八条南稲荷の御旅所に一樹蟻、臭気西方に薫ずる故に伐りしと云う。

<伊呂波字類抄 10 木>

蕪荑ヒキザクラ

<和漢三才図会 83>

喬木仁 蕪荑 無姑 殿塘 和名 比木佐久良

按、蕪荑本朝古有而今無之、今亦出於摂丹二州山中、然以分明,令止之

<倭名類衆抄 10 >

蕪荑 本草云、蕪荑一名殿塘(殿堂―音 和名比木佐久良)

千金翼方、証類本草中品同、郡波本肫作堂、按本草和名云 楊云操音上殿下肫、俗作殿堂非則肫堂両通、然原 君不宜 以彼所 非音一音 之則作肫為是、類聚名義抄亦作肫・・本草和名云 一名也爾礼之実、按本草上品有楡皮、本草和名云 和名也爾礼、楡蕪荑 雖同類、非同一物、故源君不之也、爾雅、無姑其実夷、郭注,無姑楡也、生山中葉円而厚、剥取皮 合漬、其味香辛所謂蕪荑 本草、一名無妬、主去三虫陶云、状如気臭如犹 以作醤食之、気胆者良、本草図経云、

大抵楡類而差小、玉念孫曰、然則無姑自有、一種莢気香辛、郭注爾雅所言是也、一種莢臭本草所言者是也、而莢臭者独有殺虫之用、秋官壷濛氏、除水虫枯楡、成是臭者華歟

次に、毛武尓礼(もむにれ)について考証するに、a)契沖はモムニレとは百楡即ち楡木の多きをいう。b)賀茂馬渕は樅楡(”モミニレ”とは唐松の異称また栂のことである)との説。c)松田修先生はキュウリ揉みのように塩で揉むことであると述べているが、d)筆者の考えでは、白皮を天日でカラカラに乾かしたものを、手で揉み、粉にしたものであろうと推定している。この揉む方法はノリ・シソノハなど降リカケを作るのに昔から伝えられている。

ところで、ニレの内皮を筆者が試味してみたところでは、トウガラシ程ではないが味辛く、しかも後に残る辛さである。古来、薬用に用いられていたもので、食用にもされていたらしい。この生皮を剥いだとき、出る樹液でぬめりがあり、濡れたように見えるのでニレの語源になったとの説もある。樹液は羹に入れたりして、糊剤に応用される。

<万葉集略解 16 >

もむにれ 樅、倭名抄 及び字鏡に楡とあり、是をにれとのみいへり、樅に似た楡というべし、内膳式楡一千枚(枚別長さ一尺五寸巾四寸)搗得粉二石(枚別二合)右楡皮年中得御菜並羹料云々見ゆるおぼえば、いにしえ此の木の皮を剥ぎて日に干して、臼に搗き粉にして食しものとし、供御に用いられしと見えたり、日の異ケにほしの異は借字にして日の気なり、さひつるや枕詞からうすに春は手西へ右楡に蟹搗き交ぜにし也。

北海道には楡の巨木が多く、アイヌはこの木を、神が人間に授けたものと敬信している。北海道大学の構内に楡の巨木が多く残っていて、エレムElemの学園と愛称されている。

外国にもニレの類はあって、アメリカのコネチカット州の首都ニュウヘブンにあるイエール大学をElm ityと、札幌市と好一対である。ヨーロッパニレU.minor、チョウセンニレU.glabraなど日本のニレと少し違うがロンドンのウィンザー公園の並木は有名である。ドイツにもUlm市があるし、ニュージランドでもニレの壮樹が島内各地に繁っているが、これは恐らく英国から移植されたのであろう。

アキニレ は花や果実が秋になってから着くのでそのように呼ばれ、ハルニレより小振りであり小枝がよく派出し、またま葉に縞・班のあるものは盆栽に適に採用される。暖地性のニレで台湾にも自生がある。生育は遅く、イシケヤキの別名がある如く材は堅く、木目が美しく器具材に用いる。

長野県上水内郡半井村に名を着けると枯れると奇妙な伝話のある無名木という名の樹木があり、これはアキニレであると比定された。

<本草啓蒙>

樃楡、アキニレ、水辺に多く生ず。大木也。葉の形楕にして尖り、辺に鋸歯あり、互生す。葉に沙ある者を刺楡と云、沙なきえを錦楡と云。皆樃楡なり、八月葉間ごとに小花Wo開き黄白色あり、後莢を結ぶ、楡銭の形に異ならず。熟すれば早く落ち散す。冬に至れば葉みな凋落す。

<本草図譜>

アキニレ 大樹となる、葉の形ハルニレより小く、エノキの葉に似て辺歯あり、秋月葉の間毎に小花を開く、形状 ハルニレの如く房をなすことも亦同じ、後実を結ぶ、材白色にして堅くシホジと同じ、車轍又船の楫に作る。

オヒョウ は北海道・樺太から九州まで分布はするけれども、北方寒地性のニレである。先が3~9に別れて浅裂している葉の形に特徴があり、この樹皮は繊維多く粘液に富む。この強い繊維でアイヌが織った布を厚司織アツシと有名である。北海道アイヌはアツニ、樺太アイヌはヲヒゥという。この織り方は切り出した樹幹および樹枝を雨に当てぬように、すぐ湖畔の温泉に浸すこと数日~十日、剥皮して、得た皮を裂いて糸状とし機織に掛ける。阿寒地方のものが最良とのこと。

<松前志>

アツシ、女夷の手製なり即ち夷人の所謂メノコなり、されば日本記にも蝦夷の女子をメノコと訓したり、アツシ全体の糸は夷方に云アテテの皮であり、方俗これをオヒョウと云えり、丸く糸に組むをアツシ、平打に組むをムルリと云う。


<東蝦夷物産志>

アツ、松前人はヲヘウと云、カヤヘの夷人はヲビウといふ、此即楡の一種其葉五尖の者也。夷人皮を剥ぎ、水に浸し久しくして後、刀を以って粗皮を削去り、さき結びて以て布に織る、これをアツシと云。


<大和本経>

ヲヒャウ(南部松前)蝦夷にてアツと云。この木の皮にて織りたる布をアツシと云、又アツニ此木信州和田峠、木曾山中江州伊吹山、野洲九蔵峠にあり、葉はシナに似て三つ尖あり、細き鋸歯あり、木皮白色を帯びて柔なること楮の皮の如し、多く植えて物を纏うへし、しなの皮に同じ。


<重修本草綱目啓蒙>

一種蝦夷の産にアツと云ふものあり、誤りてアツシとも呼ぶ。春月新葉を生ず。形榛の葉に似て長さ三四寸、本は狭くして一寸許、末は広く二寸余、葉頭に岐ありて矢筈の如く互生す、この木大木となる蝦夷人この皮の剥ぎて紡績し布とす。一種花戸にて鉄刀木と呼ぶものあり。春新葉を生ず、加条の葉に似て鋸葉粗く皺文ありて互生す。これに一種枝幹共に巨羽を生ずものあり、ともにニレの類なり。

【植物】

1.ハルニレ Ulmus davidiana Planch.var.japonica Makai (U.propinqua Koidz. U.japonica Sarg. U.campestris Miyabe)

学術面からいえば、トウニレU.Davidiana Planch唐楡・黒楡(朝鮮・中国・蒙古に分布、概ねハルニレに似るが果実の形が異なる)の変種に位置する。 ヤニレ、アカダモ、アカニレ、コブニレ、ニガニレ、ノリニレ、タモ、ヲダモ、ダモニレ、ツレダモ、チヂレダモ、ニレギ、ネレ、ネリ、イヌケヤ、ヤマキリ、ニベ、クサミジ、ドロック、ヤマダマ、ヒキザクラ

北海道・本州北部・東シベリア・中華国北部・朝鮮・千島の、山地にみられ、また公園樹・街路樹に植樹される。高さ35m 幹周34mになる落葉性高木。幹は直立し、樹形はほぼ円形になる。樹皮は暗褐色で、縦に不規則な裂目がある。枝の分岐角は35゜でわりと狭い、若い枝は多毛であり、托葉がある。葉は互生、サクラに似て、長さ3~12cmの広倒卵型で先は急に細くなり、基部は左右不揃の楔形、縁は鋭い重鋸歯となり、表面は脈が窪み、ざらざらしている。花は4~5月の葉の開く前に、前年枝の葉脈に帯黄緑色の小さい両性花を7~15個束になって着ける。花被は46,雄蕊46,雌蘂の先は二又、子房上位。翼果は黄褐緑色で長さ略10mmの広倒卵型、扁平で膜質の広い翼があり、先端は凹む。6月頃熟す。種は長さ56mmで翼果の上部にある。落果して水湿があればすぐ発芽するが、乾燥すると発芽力を失う。材は木理堅牢・緻密で重く粘力あり、車体・機械・兵器。など建築材・器具材に用いる。薪にしても火力が弱いといわれている。

[補説]

1.横枝に着く葉は左右対称にならず、外側が成長している、この傾向はニレ科の特徴でケヤキ・エノキ・ムクノキにも見られる。葉の裏側に気がある。

2.花は出葉に先立って開き、葯が帯緑紅色で美しい。

3.老木は枝が垂れて、球円形の樹形となる。そして樹皮にコルク層が出来て瘤状を挺して、著しく発達したものをコブニレという。

4.内樹皮を乾かして臼で搗き、古代はこれを食用にしていた。粘り気があり和紙の糊材にも用いられる。

5.根を砕き、水浸して得た粘液は製紙にもちいられる。

6.近種:コブニレ f.suberosa Nakaiテリハニレ var,iaevigata Nakai

2.アキニレ Ulmus parvifolia Jacq. (U. Sieboldii Daveau ; U.chinensis Pers.)

別名、ニレ、イシゲヤキ、ヤマニレ、ネレ、ネリ、ヌレ、カワラケヤキ、ノゲヤ、タモ、ツツダモ、アカダモ、タモノキ、ヨヨギ、ヨシノキ、ナンジャモンジ、ネバネバノキ、ネバノキ、イタチハゼコ、アナギ、ケヤ、野楡、樃楡、小葉楡

本州関東以西・四国・九州・朝鮮・中華国・台湾の山地に見られ、植樹もある。樹高15m 幹周1.52mになる落葉性高木でハルニレに比べて小振り。幹は直立し、樹形は卵形になる。樹皮は灰褐色で、小さい不規則な皮目があり鱗片状に剥がれ皮の跡が残る。葉は長さ2~6cmの広倒卵型また卵楕円型で革質、表面はザラつくが光沢あり(ザラツクを刺楡、なきを錦楡と呼称す)、縁は鋭い鋸歯。花は8~9月頃本年枝の葉脈に淡帯黄緑色の小さい花を束になって着ける。翼果は11月頃淡褐色に熟し、長さ約713mmの楕円型。種は翼果の中央に2個ある。枝葉が小振りなので公害塩害に強い。切り戻しに強く細かい枝葉がでるので、盆栽むきである。材は堅く、ためにイシケヤキと呼ばれ、木槌に用いる。

[補説]

1. ハルニレと同じく葉は左右対称にならず、先端の尾は長い。

2. 樹皮は円形状に剥げ落ちるが、この裂け目に昆虫類が隠れている。剥げ落ちた斑文が美しい。

3. 小枝は水平によく繁る。若い枝には短毛が密生するが、長生とともに脱落する。

.オヒョウ Ulmus laciniata Mayr.(U.montana Sm.var,laciniata Traurau

別名 オヒョウニレ、アツシ、ヤジナ、アツ、ネジリナ、ホンダモ、イヌゲヤ、マルバニレ、ネベラコタモ、メダモ、ミャニイリ、ヌメリ、シナツキ、ウバニレ、ウハネレ、タモゲヤキ、ナメリ、ニベ、ニデ、オピウ、アアテ、姥楡、於瓢、厚司、裂葉楡、青楡、山楡

アジア東北部・北海道・本州に分布、高さ25m,幹周3mにもなる落葉広葉高木で、枝は多く派出し球状の樹形を示す。葉は互生し長さ715cmの広倒卵型で、質は薄く、先端が39個の裂片に分かれる。4~5月前年枝の葉脇に淡黄緑の両性花を束生する。翼果は長さ1.52cmで5~6月に熟す。この樹皮からアツシという布を得る。

変種

ツクシニレ U.devidians Planchev var.japonika Nakai f,kijimae Sugimoto

ニッコウアツニ var.nikkoensis Rehd. 

テリハオヒョウ var,laevigata Inokuma

テリハニレ U.devidians P.var,japonica N,f,laevis Miya

ハルニレ

アキニレ

オヒョウ

.ノニレUlmus pumila L. (U,sibirica Hort, U,mandshurica NakaiU.microphylla Pers.)

別名 ヒメニレ、マンシュウンニレ、シナニレ、ヌルプナム、チャムヌルブ、銭楡、家楡,讃天楡 (日本ではオヒョウをノニレと呼称することもある)

朝鮮,中国,満州に分布。落葉喬木,枝多く細蜜に分岐する。樹皮は深く縦に裂開し、灰褐色,葉は長さ27cm、巾2.5cm,側脈顕著。5月頃開花,6~7月に熟実、枝元に数個固まって着く。、

5.東洋のニレ 

竜爪楡

var.pendula Pehd.

アリサンニレ

lmus uyematsui Hayata

オオミノニレンオ

U.macrocarpa Hance

オホバンイレ

U.Macrophylla Nakai

チョウセンアキニレ

U.Coreana Nakai

6.西欧のニレ

アメリカニレ

lmus Americana L.

キフアメリカニレ

var.aurea Temple

シダレアメリカニレ 

var.pendula Ait U.campestris

ヨーロッパニレ

U.Campestris L.


変種 

var.australis Henry



var.variegata Dipp.



var.purpurascens Schneid.



var.Van Houttei Schneid

セイヨウハルニレ

lmus glabra Huds.



類似種

Ulmus leavis Pall



U.racemosa Thomas



U.alata Michx.

ハルニレとアキニレの比較 

名称

ハルニレ

アキニレ

英語

Japanese elm

Chinese elm

漢語

春楡/白楡

椰楡

旧漢字

フン

椰シュ

樹皮

灰褐色 縦に長い割れ目

灰褐色 鱗片状に剥がれ斑紋

真っ直に伸びる   

小枝は水平に伸びる

左右不揃い

小型で皮質

45月、前年枝の葉脇に715個束生、赤茶色

9月、今年枝の葉脇に46個束生、薄紅色

果実

6~7月に熟す。716mm 種子は果実の上方に着く

11月に熟す。7~14mm 種子は果実の中央に着く

[周辺]

ニレ科

ニレ亜科

両性花、翼花

4属

ニレ属 Ulmus

ハルニレ、アキニレ、オヒョウ

プラネラ属 Planera


フィルロスチン属 Phyllostylon


エノキ亜科

雄単花あり、石果

11

ケヤキ属 Zelkova

ケヤキ

ハリケヤキ属


エノキ属 Celtis

エノキ、エゾエノキ、ワノハエノキ

ウラジロエノキ属 Trema

ウラジロエノキ、キリエノキ

ムクノキ属 Phananthe

ムクノキ

ムクノキモドキ属 Gironniera


ロザネルラ属 Lozanella


ニレ科Ulmaceaeは全世界に約15200種あり、特に熱帯アメリカに多くの種類がある。北半球温帯のニレ科は低木また高木の木本である。ニレ属は北半球に150種存在する。日本には5属10種。葉の基部が左右不対象となる、花は目立たないが、果実は翼果であることの特徴。

[名前]

古語:尓礼 爾禮 夜爾礼

別名:楡木 金木 ねり ぬれ

漢語;楡銭樹 欆アキニレ 枢アキニレ、ヤマニレ 

方言:ネレ、ネリ

学名Ulmusは古代ケルト語Elmが語源とする。これからアングロサクソン語は aelm, ilme, olm, ulmが派出した。英語Elm, 仏語Orme 独語Ulme

[古典]

<詩経 >

[陳風/東門之枌] 東門之枌 宛丘之栩    

<詩経 >

[唐風/山有枢] 山有枢 隰有楡

<南朝・宋>

[謝霊運/過始寧墅] 三載期帰旋 且為樹枌檟

<中唐>

[孟郊/洛陽晩望] 楡楊粛疎楼閣閒 月明直見嵩山雪

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[文徴明/暮春] 高楡風定翠相囲 天気悠揚思転微。

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[陳子龍/小車行] 青青者楡療吾飢 願得楽土供哺糜

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[宋彝尊/七夕詠牛女] 今夜白楡連理樹 明朝銀浦断腸流

中華国では、楡は身近の存在であった故、文学に多く取り上げられていたが、わが国では非常に少ない。 

<常陸風土記>

行方郡 波須牟の野の北の海辺に香島の神子の社がある。土は痩せ、櫟・柞・楡・竹が一二所に生えている。

<播磨風土記>

林田の里 伊和大神が国を示し給き時、御志を突き立てると、それが楡イワナとなった。

<出雲風土記>

奈倍山 おおよそ諸々の山野にある草木は 杜中、石斛、藤、李、杉、楠、・・楡


冠山  そ…草木は、…白桐、椿、槻、柘、楡、

<和漢朗詠集 237>

蒹葭州の裏の孤舟の夢 楡柳宮の頭の万里の心

にれ をうち噛む とは牛が食物を反芻して噛むとき、歯を臼のようにすり噛む様をいう、或いはその歯の噛み合わないことを、にれ歯という。

<徒然草 206>

官人章兼が中はなれて 庁のうちへ入りて 大理の座の浜木の上に登りて にれうちかみて臣人したり。

<菅原伝授手習鑑(1746)>

さて 歯違いとはきやつが おねおね呵ニレを噛上下の歯さて揃うふは悪し

<浄瑠璃 用命天皇職人鑑(1705)

道「野がひの牛むっくりと起きて駆け隔たり にれとかみ立て角をふり

【用途】

<用材>

建築、家具、器具、造船

<樹皮>

楡皮粉 粗外皮を除いた白内皮を乾燥して粉末にしたもの 食用 利尿 去痰


薬 含有成分は不詳。

<若葉>

食用

【大木・銘木】

ハルニレは北方系の樹木であるので、北海道に大木が残っており、北海道大学のキャンバスの並木は有名である。

北海道の巨ニレ

幹周り

10.5m

樹高

20m

樹齢

1000年   

京畿道富河郡富内

豊頃町のハルニレ

根周り

3,6m

樹高

18


300

中川郡豊頃町南9

厚内のハルニレ


6,2m


26


300

十勝郡浦幌町厚内

小森のアカダモ


6.2m


24


300年以上

檜山郡上ノ国小森小森山神社

十六腺沢のハルニレ


5,7


20


300

天塩郡幌延町十六腺沢

上郷のハルニレ     


6


25


500

宮城県加美郡色摩町四釜字中

有馬のハルニレ


7.2


20


350

神奈川県海老名市本郷3881

六合村のハルニレ

幹周囲

8





青森県六郷村

楡山神社のニレ

幹径

1.5m





埼玉県深谷市

赤城神社のニレ

幹径

1.5m





秩父郡白鳥村

【伝話・物語】

アイヌのニレの伝承

アイヌでは、雷神は美人が好みなので、空を駆け回って忙しく地上を探していました。ある日、俄雨を降らせ、地上を覗くとハルニレ姫が水浴をしているところでした。その美貌と艶姿に一目ぼれした雷神は、我慢が出来なくなり、足を踏み外して雲から姫の上に落ちてしまいました。そして生れたのが人間の祖先のアイヌラッフルです。アイヌ語でチキザニと云います。擦って火を揉み出すという意味です。

これに対し、北欧の伝説では、ニレは美し過ぎて、雷は絶対に落ちないという話があります。

スカンヂナビアの神話

首神オディンOdenが天地を創造してその後、弟と一緒に沿岸を散歩していたところ、二本の樹に出会いましたので、これを人間に作り変えました。その一つを男、もう一つを女に変えて、その女に衣類を与えEmbla(これがElmとなった)という名前を付けました。男の方は放っといておいたので自分でトネリコに変えました。この事をトネリコは今でも恨みとしているのです、

ギリシャ神話

オルベウスとエウリディケとは仲むつましい夫婦でした。オルベウスはアポロンと妖婦カリフォの間に生れた子ですが、音楽の名手で金の竪琴を弾き、毎日素晴らしい声で歌っていました。同じくアポロンと妖婦キュレネーの間で生れたアリチィオスは、エウリディケに逢った途端に一目惚れして、我がものにしようと追いかけました。エウリディケが逃げている途中に毒蛇に噛まれて死んでしまいました。オルペウスは泣き悲しみ、妻を取り戻そうと冥界へ降りて行きました。冥界の入り口に番犬がいましたが、オルペウスが竪琴を弾くとうっとりとして寝てしまい、そこを通り抜けて冥界の神ハデスの所まで行くことが出来ました。オルペウスは妻を返して貰いたいと、特異の喉で歌いますと、始は頑固に断っていたハデスも陶酔して、オルペウスの願いを聞き入れました。ただし、地上に戻るまで絶対に後ろを振り返っていけない、そして声を出していけないと、ハデスは注文を着けました。オルペウスは暗い地中の孔道を、妻を従え、戻って歩きましたが、我慢が出来なくなり遂に後ろを振り返ってしまいました。後ろに歩いていたエウリディケの顔は腐って骨が飛び出しており醜悪そのものでしたので、オルベウスは思わずアッ!と声を上げてしまいました。その途端にエウリディケは孔底に転落し居なくなってしまいました。

永遠に妻を失ったオルペウスは地上に戻って、悲しみに暮れて竪琴を奏でていると、アポロは大地の神に命じて、新しい生物を作るようにしました。それがだんだんと伸びてニレの木になりました。オルペウスはその木陰で休み、竪琴を奏で歌を唄いました。ニレの木は沢山の子供をつくりニレの森に育ちました。オルペウスはその森で眠るように死にました。そして冥界へ落ちて、エウリディケと幸に暮らしたそうです。

注;欧州のニレRuster Ulmは日本のニレと若干異なり、U.campestris Linnafus

戯曲 楡の木陰の欲情 Desire under the Elem E.オニール 作1924

ニューイングランドの老農場主がキャボットの三度目の若妻を受け入れる。息子達と引き合わせ、食事しながら話をするが、真底の討議をするわけでない。若妻と息子達の確執に始まる物欲と愛欲の織り成す悲劇。