
Ac-02 たまかずら・玉葛・真玉葛・多麻可豆良
I. 狭名葛 ビナンカズラ 真玉葛
Ⅱ.蔓紫陽花 ゴトウズル 後藤蔓
サネカズラ=ビナンカズラはAc-06をみよ、
漢語 藤繍毬、甜藤、藤繍花
注記:カズラに充たる漢字は旧字で 葛 であり、一方クズの漢字は 葛 である。然るに国字制定で両方とも葛になってしまった。本書では非常に困るのであるが、一応これに従い、特に区別を要する場合のみ別字で扱うことにした。
【万葉集記載】
たまかずら |
02-0101 |
02-0102 |
03-3245 |
03-0443 |
06-0920 |
10-2078 |
11-2775 |
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12-3067 |
12-3204 |
12-3507 |
14-3507 |
16-3790 |
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またまかずら |
12-3071 |
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以上 8首 |
(一) 02-0101 |
大伴宿禰(安麻呂)、巨勢郎女を嫥ふ時の歌 玉葛 実不成樹尓 千盤破 神曾著常云 不成樹別尓 玉葛 実ならぬ樹には ちはやふる 神ぞ着くとふならぬ樹ごとに |
02-0102 |
巨勢郎女報へ贈る歌 玉葛 花耳開而 不成有者 誰恋尓有目 吾孤悲念乎 玉葛 花のみ咲きて 成らざるは 誰たか恋ひにあらめ 吾あは恋ひ思もふを |
注釈:
大伴宿禰=旅人ならび坂上郎女の父、兄も御行、叔父の馬来田・吹負と共に壬申の乱に天武方で奮戦、天武帝崩御の際はしのひ事をした。大宝元年従弐位、以後式部卿、参議、兵部卿を経て大納言となり、太宰帥を兼ね、和銅七年五月一日没。贈従二位。
巨勢郎女=巨勢比登の娘、安麻呂の妻となり田主を生む。
玉葛=樹や花に懸かる枕詞。
ちはやぶる=神にかかる枕詞。
(二) 06-0920 |
神亀二年乙丑五月、吉野の離宮に幸しし時に、笠朝臣金村の作る歌 足引之……毎見 文丹乏 玉葛 絶事無 万代尓 如是霜願跡 天地之 神乎曾祷 あしひきの…見る毎に あやに共染み 玉葛 絶揺る ことなく 万代よろづよに 斯しもがもと 天地あめつちの 神をぞ祈る 畏れかれども |
註釈:
ともし=よいなアと思う
玉葛=つるが長く切れずに延びるので、絶ゆることなく に懸かる枕詞
(三) 14-3507 |
相聞 或る本の歌に曰く、遅速も君をし待たむ向つ峰の椎の小枝の時は過ぐとも 多尓世婆美 弥年生尓波比多流 多麻可豆良 多延武能己許呂 和我母波奈久尓 谷挟せばみ 嶺に延はひたる 玉葛まかたずら 絶え無の心 わがおもわなくに |
註釈:
たまかずら=葛の美称、ここでは絶えを導く。
思花国=思ってもいないのに
(四)12-3071 |
相聞 或る本の歌に曰く、 丹波道之 大江之山下之 真玉葛 絶牟乃心 我不思 丹波路の 大江之山の 真玉葛またまかずら 絶えむの心 我が思はなくに |
註釈:
丹波道の大江の山=山城国から丹波に行く道中にある。京都府右京区と南桑田郡との間。
真玉葛=葛を玉と真とで修飾。
絶えむの心=絶えようと思う心。
マタマカズラは、タマカズラと別種であるとの説と、カズラをマ+タマの二重修飾であるとの説がある。
(五)16-3790 |
由縁ある雑歌 足曳之 玉繯之児 如今日 何隈乎 見管来尓監 あしひきの 玉縵かずらの児 今日の如 いずれの隈くまを見つつ来にけむ |
注釈:
隈=道の曲がり角
見つつ来にけむ=死場所を求めて来たのだろうか。
この歌は16-3788, 16-3789の3歌一体となっていて、山縵の児が耳成の池で死んだことに関しての辞歌である。アシヒキノは山に懸かる枕詞であるから、玉縵は山縵の誤りではないかとの意見もある。因みにヤマカヅラはヒカゲノカズラの事であり、玉は山に産し、珠は海に産する。
16-3789 |
足曳之 山繯之児 今日往跡 吾尓告世婆 還来麻之乎 |
【概説】
一般に××ズラというのは蔓状の細長いものをいい、頭のカツ(ズ)ラは頭髪のことで鬘と書きやはり長いものである。
<大言海> |
神代紀に伊弉諾神の黒き御鬘の化して蒲陶エビカズラとなりしに起これるは語るればべし。 タマカズラ 玉蘰、玉を緒に貫きて、髪に掛け垂れて飾りとさしもの |
<東雅> |
1(1)本名 かつら 蔓草の総称。 |
<古語拾遺> |
真薜葛 |
<字鏡57> |
(一)葛 加豆良 藤かずら、蔦かずら、葛かずら、すひかずら、さねかずら、真析かずら、(二)桶のタガ |
かつらは細く長く撓みがあって、綱・縄・紐の役目をする。縛括。吊懸、牽引、編織などして、大きな物は吊り橋、小さな物は糸布まで、古代では髪を括るのに飾りをかねて用いたものが蘰カツラであり、のちに禿頭の代用髪とする鬘カツラになった。而してここで玉(海では珠を使う)は修飾のための美化接頭語であり、本項のテーマのたまかずらはこれらを底とする枕詞である。
玉縵 玉鬘(一)古。玉を緒に貫きて。髪に懸け垂れて飾りとせしもの
<安康記> |
五年二月 棒ニ私宝名押本珠縵一、付ニ所使臣根使主一、而敢奉レ献 |
<万葉集2-23> |
五年二月 棒ニ私宝名押本珠縵一、付ニ所使臣根使主一、而敢奉レ献 ひとはよし 思ひやむとも玉縵 影にみえつつ忘れぬかも |
(ニ) 鬘カツラ
(三) 華鬘ケマン
玉葛 玉蔓(一) 実ミあれば玉という 葛クズにおなじ
<伊勢物語36> |
谷挟み、峯まで延べる玉かずら 絶えむと人をわが思わなくに |
(ニ) つる草 蔓地に布き、葉は忍冬ニントウに似て厚く、春青緑の小花を開く。愛すべし。
<和漢三才図会96> |
蔓草意 たまかすら |
玉鬘 懸く、という語の枕詞
<万葉集12-17> |
玉蔓 懸けぬ時なく 恋振れども 如何にぞ妹に逢う時も無き |
玉葛 絶ゆ、絶えぬ、長し、匍ふ、などに用いる枕詞。匐るぬえも
<万葉集3-39> |
玉葛 絶ゆることなく ありつるも |
<万葉集10-31> |
玉葛 絶えぬものからさぬらくは 年の度りに直一夜のみ |
<後選集 14恋6 > |
くることは 常ならずとも たまかずら 頼みは絶えじと思ほゆる哉 |
ツルは蔓、ラ→ルの語韻変化は古語でよくみられることで、である。タマは球形をなす物体で、植物の実は殆ど球形に近く、また鞠型の花序をなすものにつけられる。また、カズラの美称ともとれる。現今の名称で××カズラと名ずけられる植物は多数あるが、そのなかでタマカズラという正名の植物はない。然し副名(俗名)で左様呼ばれるものはある。それは
Ⅰ.サネカズラ Kadsura japonica Dunat マツブサ科、
Ⅱ.ゴトウズル Hydrangea petiolaris S et.Z. ユキノシタ科 である。
ほかに種サネの多いアケビAkebia quinata ,Decaisne. エビカツラ Vitis Thunbergii Sieb、.を推す一意見もあるし、特異な例は スイカズラLoniera japonica Thunb.があり、これは黄色・白色の花をつけるところから、金銀花とも呼ばれるのであるが、金・銀・玉を並べて宝物とする(将棋で金将・銀賞・玉将 王将でない が配置)喩より引用されたらしい。しかし、集の歌では特定の植物でなく、タマカズラを文学的な枕詞として処理するのが本筋であろう。さて、「さねかずら」はAc-05に詳述してあるので、ここではゴトウズルならびに{ツルアジサイ}を取り上げることにする。
植物
ゴトウズルHydrangea petiolaris S.et Z. (ユキノシタ科-アジサイ属) (H. scandenns Max,. H. cordifolia S. et Z.,)
タマカズラ・ツルアジサイ・ツルデマリ・アジサイツタ・クロヅタ・ウリズル・メリヅタ・ユキカヅラ・アマザケカヅラ・ヤマデマリ・ツタ・+ユクブンガラ・+ププシムニ・*トインンセクク(+アイヌ語、*朝鮮語)
漢語: 藤繍毬・甜藤・藤繍花
英語: Climing Hydrangea,
独語: Kletternder Wasserstrauch
北海道・本州・四国・九州に産し南鮮・樺太・南千島にまで分布。山間の多湿な林内を好み、他木に絡んで登りあがる落葉性の蔓態本、蔓の長さは16~25mに及ぶ。全体に短毛を敷く。樹皮は褐色~黒褐色、縦に薄く裂けて気根を生ずる。葉は対生に着き深緑色、有毛柄はん長く、葉の形は卵円形・広卵形、急鋭頭、基脚部は浅心、縁は鋭細鋸歯あり、下面脈腋に租毛叢あり、大きさ長さ4〜15cm,巾3〜12cm。花は集散花序、径200~250mmやや粗生の扁球形、中性花(修飾花)は長梗につき、3~4の大型蕚片を有し、倒卵状円形、凹頭、両性花は蕚片4~5片が合着して帽子状になり、雄蕊多数、花糸が長い。両花の弁は白色、開花は五六月。朔果は球形。種には翼がある。
補注
1. アジサイ類で蔓状の様態をなすのは本品とツルアジサイのみである。よく似たものに、イワガラミがあるが、これは同じユキノシタ科でもイワガラミ属である。
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イワガラミ
ツルアジサイ
飾り花
1個づつ着く
4個づつ着く
柱頭
合一する
2~5個
葉裏
白緑色殆ど無毛
緑色 ほとんど無毛
葉
若いのは赤色を帯び、班紋がある
緑色 班紋は無い
はの鋸歯
粗く、縁辺は有毛
細かく、縁辺は毛が極少ない
2. アジサイ属の花は単花が多数集って、集団は鞠状になる。花には大型の中性花「修飾花」と雌蕊・雄蕊のある両性花がある。修飾花には蕚が花弁様に変化した4枚の大型の弁が目立つ。
3. ツルアジサイには1集団花に、数個の修飾花が咲く。
4. 両性化は卵型の花弁が5枚、帽子状にくっついて散る。柱頭は2~3個。雄蕊は15~25本で、他のアジサイ類にはみられない数である。
5. 葉柄は長く、その上面に粗い毛がある。
6. 種子には扁平で全周辺に翼がある。
変種 ツルアジサイ var. ovalifolia Fr. et Sav.
(ツルデマリ、ツタサビタ、ウリズタ、(ア)ウリッパ、(ア)ププシムニ、*ノンチェルス((ア)はアイヌ語 *は朝鮮語)
ゴトウズルとは葉の基脚の形を異にし、雄蕊の数が違う。
古典
<古今集 巻14> |
玉かずら はふ木あまたになりぬれば たえぬ心の 嬉しげもなし |
よみ人しらず |
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負くるとも 見えぬものから 玉葛とふ人すらも 絶え間がちにて |
和泉式部 |
用途
観賞用の他あまりない。
これより砂糖を取るとある文献があるが、それは誤りである。