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しりくさ 尻草・知草
サンカクイ
三角藺 席(ひょうそう)
Scrpus
triqueier {カヤツリグサ科〕
鷺尻草:
三角藺、七島、大甲
[万葉集記事]
11-2468 |
(一)
寄レ物陳レ思
湖葦
交在草 知草 人皆知 吾裏念
湖葦みなとあしに交まじれる草の知草しりくさの人みな知りぬわが下思したおもいは
注釈:
湖葦〖水門〗の葦に交じっている葦で、確認されていないが、かやつりぐさ科のさぎのしりくさが適当でないかと、
音葦下思い=下は心の中、で慕うをかける。
[概説]
集の歌では、下思いが”知る”と同音を導くために知草を当てて歌を構成している。古典文学で知草を扱っている例がなく、シリクサを解明するに資料が不足している。古来の万葉学者
源順 (935年頃)
は早くも鷺尻刺について言及しており、それはイグサ即ちカヤツリグサ科
Cyperaceae ホタルイ属
Sciripus サンカクイ
triqueter
であろうと思われる。
仙覚(1203^^?)は和名抄で藺の条に
玉篇云 藺音広 為 鞭色立成云 鷺尻刺 似莞而細堅宜為席也
としている。右辺草葦著者不明であるが江戸時代に刊行された<万葉集名物考>も三角藺を推している。
ほかにサンカクイを取り上げている例は数例あるが、これはイグサ科であると混同している。その後、<万葉古今動植物正名
山本章夫1925>はシチトウを、<古名録>にミツカド=ミクリを挙げている。ミツカドとは本草綱目啓蒙{小野乱山}に見られ、荊三稜の藝洲名と解される。他に,三稜草ミクリ(ミクリ科)とカヤツリグサ科ウキヤガラとがあり、その差違も論じられている。
<名義抄> |
藺 |
<字鏡> |
藺 |
<和名類聚抄 |
藺、為鷺尻レ莞而細堅、宜レ為レ席 |
<和名類聚抄 |
玉篇云、藺 |
<大和本草 |
藺 |
<本草綱目啓蒙> |
安芸の地方名 |
<円珠庵雑記物考> |
ヰを鷺の尻さしといふは異名なり、万葉に知草とよめるは、この鷺のしりさしを略していふにや、馬渕云、今田舎にて鷺のしりさしと云うは |
<万葉集名物考> |
知草の知は借字にて、尻草の意なり、今も俗に鷺の尻刺といふ、ただ鷺尻ともいひ、雟に似て細く、三角にしてさき尖れり、故に三角菅、三角ゐ杯と呼べり、田溝などに多し。弁色立成の説にしたがふて藺にあつへし、然れども藺をゐと訓るは誤り、ゐは燈心草なり。 |
<大言海>にも「尻刺草
藺の異名(契沖説)」とあるが、反対に藺草は尻刺草でないという主張もある。文語的に解するとヰグサは居草に基るものであり、燈芯に用いる燈芯草は薩摩の七島より出ると。{しり}でも+尻+、or知る、{さす}でも+挿す+、or+指すと意味が若干違うであろう。
注:
1.
トウシンソウの別名をもつイグサはイグサ科Juncaceaeの植物であり、サンカクイはカヤツリグサ科の植物である。斯様に此の他にも両科に跨って似た名前の植物が数例あり、ましてや古文の書物で双科の差別の指摘さえなく、混同しているのも尤もであろう。
2.
サンカクイはホタルイ属に仕分けされてり、近似したものにカンガレイScirpus
triangulates
Roxb.があるが、この差は小穂に穂柄がつくか無柄であるかのみの違いである。両者とも三角状の苞葉が鋭く直立しており、鷺の尻をつつくとて、鷺が尻突きと名づけられたと。
3.
シチトウCyperus
momohyllus Vahl
は本州の関東以西に見られる暖好性のCyperusで、名前の七島はトカラ列島の名からきている。琉球では敷物に編むために栽培される。
4.
莞草というのは大形のCyperusで、韓国語のワングルが訛ったと思われ、インドからオーストラリアまで広く湿地に生え、カラカンエンガヤツリC.exaltatus
Retz var. iwasakii Koyama
と名付けられている。この学名は江戸末期の造園業者の岩崎潅園からとりいれられた。これも、編んで敷物にするため栽培されている。ナイル川に生える近縁のカミカヤツリ
C.papyrus
L.はパピルスといい、古代エジプトで紙を製したことは有名である。
5.
我国で関西から琉球に三角葦・太葦・細葦などの干草を編んで、アンペラという尻に敷く蓆をつくる、暑苦しい南方の敷物として最適である。
6.
荊三稜はミクリを原料にしたもので、黒三稜はウキヤガラを原料にしている。
『知り草』が同韻により「尻草」から転化したものであるとされる。水辺に生えている葦辺で鷺が渡渉している風景で、鷺は時折食餌と突っつくとき、芦の葉鞘の新芽も鷺の尻を突くとは面白い表現ではないか。<大和本草><物品識名>ではサンカクイを蓆草ムシロクサとし、この草で作る蓆を大甲蓆といっている。
現今の植物分類学の検定では、シリクサに相当する名前のものはない。
サンカクイ Seirpus
triqueter L.〖カヤツリグサ科〗
鷺尻草・三角菅・大甲葦・蓆草・
日本各地・東南アジア・中華国・ウスリーに分布する。池・沼・河岸など湿地に生える多年草。かっては、田舎に普通に見られたものであるが、環境汚染に弱いためか、非常に少なくなった。根茎は細長く横に這い、茎は高さ50~100cm,
辺巾2~7mmの3稜角形。花序は頂生して4~5の小穂からなり、茎に無柄で付く。長楕円形~卵形で、茶褐色。花茎に続いて苞が長く三角に伸びる。果は広倒卵形で長さ2〜2.5cmやや光沢あり、レンズ形、果と略同長さの棘針を下向きに付ける。
補説
1.
近種にカンガレイScirpus
triangulates Roxb.がある。カンガレイは地下茎が短く、株立ちする。小穂に有柄、
2.
稈は長く伸びて、断面は三角である。苞も三角に付くので、稈の途中から花穂が出ているように見える。これを偽側生という。
3.
近年水草の雑草として嫌われているホテイアオイもアンペラの原料に考えられている。
4.
名のよくにたミクリsparganiurm
stolorniferunmミクリ科がある。: