Da-01. かたたご

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Da-01. かたかご 堅香子

肩籠・山慈姑

カタクリ 片栗

漢名;猪牙花

学名; Erythronium japonicum Dence


【万葉集記事】

かたかご

19-4143

19-4143

堅香子の花を攀ぢ折る歌一首

物部乃 八十嫺嬬等等 之択 寺井之於乃 堅香子 木之花

もののふの八十やそをとめ等が汲み乱まごふ寺井てらいの上のかたかごの花

注解:

もののふの=八十に対する枕詞

くみまごう≠水を汲む と 沢山の乙女らが交錯するさまを兼ねる。

この歌を詠んだ大伴宿祢家持は、天平18(746)6月に越中守に任命され、天平勝3(751)8月に帰京するまでの約5年間、越中国府に勤務し、この間約220首の歌を残している。この“かたかごの歌”も任地の富山県高岡市伏木町で詠んだものであり、寺井なる場所は勝興寺裏の井戸と場所まで特定されていたが、現在は荒廃著しく、勿論自生のカタクリは全くない。

なおこの歌は昭和28年、富山大学教育学部教授 黒坂富治氏によって譜曲されている。

【概説】

この美しい秀歌に詠まれている”かたかご”について、その植物は今いうカタクリであることに異論のないところである。東北地方でカタコ・カタコユリ・カタカゴの呼名があり、その順のように変化したと考えられる。

ところが、歌の序に<><>と有る事から、中古代の万葉研究者の一部で、是を樹木のカタカシとする見方があった。折攀とは皮付きの生の樹枝などを力を入れて捻り切る時に用いる言葉であるから、草花を手折るのとユニアンスが少し違う。この後の時代に藤原定家が篇した<六帖>には”堅かしの花”とはっきり書いているが、そのなかにカシまたツツジを詠み誤った例がある。

<新撰六帖>

もののふの やそおとめらが ふみまとむ 寺井のうえのかたかしの花

<古今六帖>

武士の八十をとめらが くみとよむ 寺井のうえの 堅かしのはな

この六帖の歌は明らかに万葉集の読み直しと判るが、題をカゴカタカシとし、即ちかたかごを堅樫とし、"くみまごふ”を"ふみまとふ”くみとよむ”と意図的に意味の違った雰囲気にかえている。カタカシと云う樹木は正式にはなく、俗にドングリの実るQuercus類、即アカカシ・シラカシ・アラカシetcをそういうのであって、これらの花は別に美しいものでないけれども、樹上に一面に広がって咲き、それを採ろうとすれば樹を攀って折りとらねばならないから、この用字は意味に容迎する。

<吾山遺稿>

其形も花も百合に似て、花紫なり、葉は車前オオバコに似たり、正月頃花さく故に初百合といふ。花の時葉なし?因って姥百合ともいふ。万葉および新撰六帖に、カタカゴの花と詠ずるもの是也といふ。

集の歌の堅香子を草本のカタカゴと解釈して言及したのは 先覚(120374)であり、以後の万葉学者はすべてこの論に倣拠している。

<万葉集注釈 1268年 先覚>

このうたの落句古点に、かたかしの花と点ぜり。是をかたかごの花とよむべし。かしと点ずれば,樫の木にまがひぬべし、端作の詞に,かたかご草花とかけり、かたかごをばゐのしり といふ、春咲く花なり、その花色は紫色、按に攀は山に登るを言ひ、折は花に茎をそへて採るをいう。

<古今要覧篇>

堅香子 万葉集名義不詳強いて言わば堅は片字の意にして斑紋あるをいふ。此の草はしめ生生で一とせ二とせにのうちは、すべて片葉にて状おほばこの葉に似て白みを帯びなかにわきて白き筋及び紫のまだらある故に片葉鹿の子といひしなり。

そこで、“折攀"の解釈について、筆者も一言云わせて頂くと、実際にかたかごの花を採ってみると判ると思うが、この花は美し過ぎるゆえに、傷をつけないように苦労して土を掘るのであるが、球根は深く地中に潜っており、掘り取りの途中で茎が折れ、結局攀じ折ってしまう結果に終わるのである。

このように、カタクリは群生して艶やかな花を一斉に開くので、現今は知らない人はないであろうが、古昔はあまその名を認識されていなかった節があり、故に 山慈姑サンジコ、金灯花トウロウバナと紹介されている例がある。

<和爾雅 7 草本>

山慈姑、金灯、鬼燈檗、鹿蹄草

<書言字考節用集 6 生植)

金燈花トウロウハナ、山慈姑ヤマクヮイ、又作山茨菰、時珍云、葉如水仙、而狭、根如水慈姑、花如燈籠、而朱色、金燈花キントウソウ 又云、無義草

<大和本草 9 雑草>

山慈姑、若水云、今多以鉄色箭及石蒜山慈姑倶非

カタコ 高二尺許、茎紫色葉面黒点、花カザグルマの如し、紫色なり、比叡山にあり、正月の末開花尤美 根の形芋の如く、又蓮根の如し、若水云、本草紫参に出たる早藊なるべし、その粉如レ米味甘し食すべし、人を補益すと云う。古抄云、香子は猪舌とも云う、春紫色の花咲く、今按是カタコナルカ新撰六帖にもカタコの歌あり。

山慈姑は本によってはアマナを混同している例もあり、<武江産物誌>は道灌山産のアマナを紹介し、<重修綱目本草>では山慈姑をアマナ・トウロウバナ・トウロン・ムギクハイ・マツバユリ・アマツボロ・アマイモ・ナンキンズイセン・ハルヒメユリ・ステッポウ・カタスミラ・ツルボ・ウグイス・紅灯篭・鹿諦と各地の方言を交えて紹介している。この文を読むと前半は明らかにアマナを語って、終りに車前草慈姑をカタカゴとして開示している。

<重修本草綱目啓蒙 8 山草>

山慈姑 前篇 紫金碇 (医学入門、万病回春、外科正宗)は即付方の万病解毒丸なり、その主薬は之山慈姑なるに、石蒜を代用するもの誤りなり。蔵器の説に葉似車前(オオバコ)と云。車前葉山慈姑まり、和名ハツユリ、カタコ、猪舌、香子、カガユリ、ブンダイユリ、カタバナ、ゴンベイロウ、カタグリ、カタユリ、深山に多く生ず、葉の形萎豻鑣アマドコロ 葉に似て暑く、白緑色面に紫班あり,嫩根のものは只一葉也、歳久しきものはニ葉になる、ニ葉のものは両葉の中間にー茎を抽図、高さ五六寸、頂きに一花を倒垂す。大きさ一寸半許、六出淡紫色おおむね蕾は紫色濃し、形山丹花ヒメユリに類して弁狭細、その末皆反巻す。稀に白色あり、大きさ一寸半許、形円にして三稜あり、その色亦白緑と也、根の形葱本に似て白色性寒を喜。故に東北の地方に産するところのもの苗根肥大也、土人その根葉を採り、割熟して食う。又根を用いて葛粉を造る。法の如く製して粉を摂る、その潔白にしてくず粉の如し。餅とし喰う。カタコモチト呼ぶ。奥州南部及び和洲宇陀より此草を貢献す。古語に此の草を早藊とするは穏やかならず。

カタクリは本州や中華国・朝鮮の低山に群集して生えるやや北方系の植物で、四国・九洲の山々には珍しい。春早く芽出して、緑褐色の油滴のある大形の葉は特徴があり、濃い赤紫色の六片花は美観であるが、樹木が繁って覆う6月末にはもはや地上部は枯失してしまう。種を蒔いて置くと、来年早春に糸状の小さい芽が出て、翌年は少し広い一枚葉になり、翌々年はのやや幅の広い葉に生長する。5年目に葉の大きさは成長体と同じ位になるが二枚の葉を付けるのは6年後であり、2枚葉でないと花を付ける余力をもつ成体とならないから、うまく行っても花を見るまで7年要する。因みに、繁殖は種子だけで行われるのでなく、肥った球根に子球根が数個ついているのを観る。

庭園に植えるには、クヌギ・エゴノキなど落葉樹の下枝が覆って薄日が漏れ、夏は日蔭になり、秋は落葉した葉が土の表面を覆う場所とし、かつミミズやカブトムシなど土中生物が少ない土壌を選ぶ。何しろ僅か3~4ヶ月しか生活の期間がないのであるからこの間に十分養分を与え根球を肥らせる。しかし、落葉などの堆肥がよく、硫安のような強い肥料は薄めて、直接葉にかからない様に与える。注意すべきは赤錆病で、感染すると褐色の毒々しい斑点が急速に広がるから、消毒を忘れないように!若し発生を見たら、その部分を切り取って焼却してしまうこと。

 カタクリの名前は、この根茎が実ったクリの実の形が似ているからと、或いはカタカゴは花の形が肩に担ぐ籠に似ているからと、の由来によると言われている。晴天の日にそっくり返って開く花びらの形から猪牙花という漢名がついている。日本でもイノシタと呼ぶ方言がある。この球根は澱粉を60%も含み、煮て食することが出来、古より食用にしていたとみられ、伊勢原古墳において焦げた残骸が出土した例がある。摩り卸してその澱粉だけを水簸して集めたものを、市販品は実は馬鈴薯澱粉であるが、「カタクリ粉」の名でもって販売されている。別名に、恐らく食用になる理由でもって別名に山芋頭、または山慈姑ヤマクワィ、とあり、葉幅が広いことから車前葉慈姑オオバコハノクワイ、また全開したとき花の花弁が反り返っている形から猪牙花・母猪花の別名が附いている。

葉も茹でて食べられるが、折角出てきた春の妖精を摘むのは可哀想であるし、食べ過ぎると下痢をするそうであるから、お勧め出来ない。ウバユリLilium cordatumは明らかに毒草であるが、江戸時代にはこれを混同していた本草学者がある。

之れ以降話はバイモについても混ずるから注意! ところで、興味ある新説を前川文夫博士が《植物の名前の話 1998 八坂書店》に披露されている。その要旨は、昔,歌に詠まれた”かたかご”は現在のかたかごでなく、バイモであるという説である。その理由は、カタカゴの球根は1g足らずであるに対し、バイモの球根は十数gで澱粉を採取するには能率が挙る、で古代人ははじめバイモを採っていたのであるが掘り尽くして絶滅寸前になり、次いでカタカゴの方に手をつけたというのである。その証拠にバイモの根茎の形二つの鱗蓋が重なって栗の子実の格好に似ている。亦その花は籠の形をしており、花びらに画かれてある六角形の模様は竹籠の網目にそっくりである。そしてバイモの根茎に有毒物を含みこれを水で晒す必要があるため、結果的に澱粉を採るようになったので、カタクリコと称するとの論旨である。

この前川博士の説は確かに尤もなところがある。カタカゴの語源について、牧野博士は「この花肩に被いた籠が傾いた様子」と表現していられるが、どう観てもそのように見えない。これに対し、バイモの花は確かに鍾乳型であって竹籠に譬え得る。家持が19-4143の歌を詠んだ越中の国においても、コシノコバイモという種が生えており、この花筒は深く一層肩籠に似ていてバイモ説が通ずるかと思える。ところがバイモ説にも落とし穴があって、まずバイモ(アミガサユリ)Fritillaria verticillata Willd, var.thunbergii Baker, は中国原産の植物で、いつの時代かに日本に齎したらしいが、万葉時代に日本に野生するほど普遍していたかは疑問である。この鱗茎を漢方薬では貝母バイモといい、鎮咳・去痰の目的で、処方される。本種植物は強い有毒であって[アルカロイドverticine, fritillarine,etc.を含む]カタクリのように徐毒せず、そのまま食することは出来ない。日本の在来種のコバイモF.japomica Miq.は各地方種の分類品があるが、それは小型で球根も10mm程度でカタクリより小さく、澱粉をとるに徐毒処理を済ませて後行うのであるが、カタクリより面倒であると思われ因みに、コバイモの地方分類品は方々にあって、その形は目でみて明らかに識別できる。奇妙なことに他の土地へ移植しても育たないという偏屈な性質をもっているし、それぞれコバイモは増殖し難いので、絶滅に近い。ところがバイモは繁殖力が強く、二三年で花壇一杯に広がってしまう。

ミノコバイモ F,japonica 本州中部に分布、花は広鐘型

コシノコバモ F,koidzmiblana 福島県以西から中部以北に分布,花片に突起がある。

ホソバコバイモ F.anabilis 中国地方、四国、九州に分布、細長い露型

トサノコバイモ F.sikokiana 誌国の一部に分布、花は筒型、葯は紫色、

カイノコバイモ F,kaiensis 関東から中部の一部に自生、花は浅い盃型

イズモコバイモ F,ayakoania 鳥取県の一部に分布 花は浅い盃型


山慈姑をアマナと誤同している古文もあるようで、<武江産物志>に道灌山のアマナを載記 

し、<重修本草綱目啓蒙>では山慈姑をアマナ、トウロウバナ、トウロン、ムキクハイ、マタウハユリ、アマツボロ、アマイモ、ナンキンズイセン、ハルヒメルリ、ステッポウ、カタミスラ、スミラ、ツルボ、ウグイス、一名山茨菰、金燈籠、馬無乙、紅灯籠、鹿蹄と各方言を交えて紹介している。この文を読むと前半は明らかにアマナを語って、終に車前葉山慈姑をカタカゴとしている。牧野先生は<日本産物志>に書く倭製漢字山慈姑を充当することは正しくないと評している。

<物類呼称(吾山遺稿安政4>

その形も花も百合に似て、花紫なり、葉は車前草に似たり。正月頃花さくゆえ初百合ともいふ。花の時、葉なし(?) 因りて姥百合ともいふ。万葉及び新撰六帖に、カタカゴの花と詠ずるもの是也とぞ。

<本草図譜(岩崎常正 1830) >

図説あり

<草本図説(飯沼慾斎 1862) >

図説あり

<茅窗漫録 ボウソウマンロク(茅原定 1833)>

片栗、病人飲食進み難く、至りて危篤の症になるや、かたくりといふものを湯にたてて飲ましむ。近歳一統の風俗となれり。最初なに者のいひ出しし事にや、是は本草綱目、山草類、王孫の釈明に出でたる旱藕といふ草を製したるものにて、東国北国より多く出だし奥州南部、加州山中及び越前より出るもの、最上品なり、唐書方枝伝に、開元末,姜撫言、終南山有早種、餌之年、状類葛粉、帝作湯餅大臣、右驍将軍甘守誠能銘薬石曰、早牡蒙也、方家久不用、撫易名以神之爾とあり、餌之延年といひ、陳臓器の説に、長生不飢黒毛髪といふにより、以下略

<笈埃随筆 8 >

雑説八十ケ条 奥州南部のカタクリは公儀へ献上也。津軽の中別して寒国に生す。故に熱暑を避ける。其功を能人知りて、今売物にあり、

<採薬使記 上奥洲>

重康曰、奥洲南部にカタクリと云う草あり、其形百合に似たり、花もユリに似て正二月頃花咲く、土人専ら久痢に用いて益あり。

<陳蔵器拾遺目録 >

長生きして植えず、毛髪を黒くす。

<広益地錦抄 伊藤伊兵衛政武 1719>

カタコ 宿根より初春正月に葉出る、車前の葉の形にて茎紫色、表に黒くまだらの紋あり。葉二枚出て中より花出る。六出にして紫色、花びら反りかえりてゆりの花形なる故、初百合草といふ、五六寸ほどの小草なり、正月末二月花開く、珍しく鉢に植えて愛すべし。

<絵本野山草(橘保国1755)

かたこ草、かたこゆり、早藕、葉、ささ葉に似て、花のかたちゆりのごとく、二月はなあり。

<かてもの(中条莅戸1802)

かたくご、葉は干して食ふ。生にては腹下るなり。

<花壇地錦抄(伊藤伊兵衛三の丞 1795)>

はつゆり、一名ふんだいゆり、花むらさき、二月にさく、ひめゆりの花に似て大なり、高さ七八寸

カタカゴの根茎から採った澱粉を片栗粉と称するが、現今売られているのは馬鈴薯のデンブンであることはよく知られたこと。ところでカタクリから実際に採粉を試みた方はいらっしゃるでしょうか? 現今、原生地でこの可憐な草花を採掘したら大変な非難を浴びるであろうが、小生の場合は、1950年代、たまたま山間に林道を敷設する工事で、山の斜面をブルトーザーでひっくり返しているところに出会った。大量のカタカゴが掘り起こされてアスファルトの下敷きになるところであったので、幸い苦労せずに飯盒に一杯もの根茎を拾取する事が出来た。この量から最終に小スプーン一杯の片栗粉を得る事が来たのであるが、いまならば電動ミキサーで簡単に粉砕できるであろうけれども、当時は卸金を用いるのが精一杯で、球根は小さく苦労して指先を傷つけ乍ら摩り卸ろし、これを水簸にかけて、繊維などの雑物を取り去るのであるが、カタカゴの澱粉粒は細かくて沈降が遅く、磨り屑との分離に時間がかかり、かつ、収率は極めて悪い。漸くスプーン一杯の貴重なデンプンを得たが、この処理操作に1週間も要した。斯くして得た澱粉は滑択性があり、ヨード呈色は黒紫色でアミローゼの少ない良質なものであった。

【植物】

カタクリ Erythonium japonicum Dence ユリ科〜〜カタクリ属

南千島・樺太・北海道~九州・朝鮮・中国(四国・九洲は稀)、の山野に野生するユリ科の草本であって、地下に球根を有し、早春雪解けの頃に出芽して、広葉樹の青葉が茂る頃6月終り頃に地上部は枯失してしまう。地下2030cmに合鱗した鱗茎があり、長さ46cmの細いラッキョウ型で白色肌を露出し、表面は薄い白膜また褐色膜で覆われており、輪茎で数個繋がっていることもある。春3~4月に先ず葉芽を覗かせ、気候を見計らって急に伸び、約1週間で開葉し、葉は長さ614cmの大形広披針形で鋸歯はなく平滑・表裏ともに無毛光沢があり、多少波うつ。厚質であるが柔軟で黄緑色、時には帯紫緑色で、特徴ある緑黒~帯紅褐色の油紋を刷くことがある。幼株では葉が1枚、成株では葉が2(稀に3)、向かいあって出葉する。花のもつのは少なくて7年以上の成株で 2枚の葉の間から1本の1020cm花茎を開茎を開葉時また少し遅れて抽立し、その先端に1個の花を下向きに付ける。花は太陽が照らないと花弁を閉じ、晴天のときは花弁が反り返って開花し、花徑は46cmの赤紫色大形で美しく、花弁は披針形6(3枚づついくらか大小がある)で色は微細ガラス片様煌光沢をもつ赤紫色で、基部にw型の黒紫色の紋様がある。雄蕊は6本、花糸の長さは23cmで3本毎に長短、あり、葯は二股腺形で黒紫色。雌蘂は淡緑色で、花柱の長さは雄蕊より少し長く、柱頭は短く3裂する。子房上位、3室で多数の胚珠を擁する。果実は円く深い3稜型である。6月中旬ころ成熟し、其の頃種子を撒布するために、花茎が急に30cm位に伸びて倒れ、葉も枯れて地上での短い一年が終わる。そして地下の球根は、分球したり子球を分けたりして、棲み易いところへ移動するようである。

{補説}

1. カタクリ属の球根は鱗片が合着して円筒錐形となる。

2. 球根に含まれる澱粉はアミロペクチン膜の薄い良質のものである。

3. 葉に見られる黒色の油滴紋は、これを生じないものもあり、これは日光が関係しているとみられる。油滴紋はホトトギス・サルトリイバラなどユリ科の植物とそれ以外にもスミレ・タデにも生ずる。

4. 葉が展開後、花が咲いた頃から、葉に赤褐色の星状斑点が生じる事がある。これはサビ病で、一旦発生すると胞子が飛んで急速に伝播するから、その病巣部分をヨードチンキなどで焼切るなどの処置をする。この胞子はカイヅカイブキなどのイブキ属を中間寄生とし、ナシなど農作物に大被害を与えるから徹底的に消毒処置が必要である。

ユリ亜科カタクリ属に所属するのは、日本でカタクリ1種のみであるが、同属は東アジア~北アメリカ、ヨーロッパまで広く生存し、外国種は次のようなものがあって何れも綺麗な花が咲く。


E.dens-canis L.

ヨーロッパ産、赤い花が咲く。


E.grandiflorm.Fursh

北米カルフォニアの亜高山に生柄、花は鮮黄色


E.toulumnense Appies

カルフォニアの亜高山.、花は濃黄色。これから園芸種が交配された、


E.montanum Wats.

カナダ、アメリカのカスケド山脈に生え、花は白色、中央が黄色


E.hehdersonii Wats.

オレゴン種の亜高山に原生、花は淡藤色で基部は暗紫紅色。


E,californicum Purdy

北米の西海岸地方、花は黄白色で花芯は濃黄色。園芸種もあり

園芸種

E.Pagoda.

カルフォニアのE.toulumnenseからの交配種、低地でも強健。黄色


E,White Beauty

北米のE.oregonumの交配種、白色


E,dens-canis 

ヨーロッパ(スペイン~オーストリア.ルーマニア.トルコ)の原産種。やや小型の桃色。

ユリ科は世界に広く分布する、例示すれは゛やブラン、シュロソウ、ツルボラン、促進ラン、ネギ、ユリ、ツルボ、クサヒゲカツラ、シオデ、etcpetaloid monocots」、この科は、約2203,500種を含む大所帯である。A.Engler(1965)これを11亞科に次別していて、このより日本にあるものを9亜科に括って説明される. ハッチソン(1952)28連に分類している。カタクリはユリ亞科に属し、カタクリ属は日本に1種のみであるが世界に約20種が存する。

{名前}

<古今要覧稿1842>

名義不詳なるも強いていはば、堅は片字の意にして片葉の略、香子は鹿子にして斑紋あるをいふ。此の草はじめて生出て一年二年のうちはすべて片葉にて、状オオバコの葉に似てしろみを帯び、なかにわきて白き筋及び紫のまだらある故に片葉鹿の子といひしなり

<屋代弘賢>

カタコユリのカタは肩籠の略、ユリはこの花百合に似たり、

[学名] 

Erythronim は、赤を意味するギリシャ語で、欧州産は赤い花が咲くことから、日本のカタクリはこれと同一種とみなし、1875Beckerはその変種として発表した。しかし、1907年牧野富太郎は独種であるとの見解を発表したのであるが、このことは既に1864Denceが唱えていることが判り、学名はDenceの命名になった。

[別名]

香子、猪舌、片子百合、初百合、ぶんだい百合、かたかし、かがゆり、

[方言]

カタコン、カタッコ、ダイボセ、ゴンベール、ゴンベイロウ、カタバナ、

[漢語]

車前葉慈姑、車前葉山慈姑、猪牙花、母猪牙、山芋頭

【文学】

<新撰六帖(藤原定家)ca1145>

小車のもみ輪にかくる かたかしの いづれも強き人こころかな

知家

かつはまた 岩にたとふる堅かしも つれまき人のこころにざしる

行長

妹がきむ寺井の上のかたかしの花 咲くほどに春ぞなりける

衣笠 内大臣

人こころなへて思えば かたかしの花はひらく時もありける

藤原光俊

だれか見む身をおく山に年ふとも 世にあふことの堅かしの花。

藤原為家

<若山牧水(朝の歌)>

かたくりの若芽摘まむとはだら雪片岡野辺にけふ児等みゆ

<土屋文明(六月風)>

雪のふりつぐ中に みずみづしく 一日閉じたるかたくりの花

<古泉千樫(屋上の土)>

厳角につみてかなしもひと茎に 一つ花咲くカタクリの花

<千代国一(冷気湖)>

かたくりの次年の花も見なむかな 苔平にらかにひと色の青

<俳諧>

片栗の花さく藪を拓きけり

拡堂


片栗のひとつの花の花さかり

素十


かたくりの 咲いて棚田に人ありぬ

柳芽


かたかごの花や越後にひとり客

森澄雄

この項の文献

大田 威 著

カタクリ

平凡社 2001年発行 

瀬川強・高橋喜平 著

かたくりの里[写真集] 

講談社1885年発行